2012年02月11日

ひととけもの

漢字で書くと人と獣。
感じで書くと人と毛モノ。


今日は前にうちに居た猫「チョロ」の2回目の命日。
2年前の2月11日夜、白血病の悪化からチョロは死にました。


お空に行く。
逝ってしまう。
旅に出る。
虹の橋を渡る。


動物と一緒に暮らす人はいろんな言い方をする。
他人がそういう表現を使うことに関しては抵抗はない。
それに私も我が家以外の動物に関してとか、多くの人の目に触れる場所ではそういう表現を使う。
大切にしていた動物を亡くされた人に「死んじゃったんですね」なんてむごい事は言えない。
そんな無神経なことをしようとは思わない。


でも自分自身に対しては「死んだ」って言葉を使うようにしてる。
私、弱いからね、優しい言葉を使うと甘えちゃうんだよ、自分自身に(苦笑)。
だから家で居るときは「去年の今ごろはチョロ、死にそうだったよね」とかそういう言葉で話してる。


***
チョロが死んだのは2月11日。
2年前のあの日から私にとって毎月「11日」はチョロの月命日だ。

3月11日のあの地震が起きてからは11日が来るたびに追悼の様子が報道される。
そうだよね、3月11日は多くの人の命が、そして財産が奪われた日なんだもの。
被害の大きさや失われたものの大きさで言うと比べ物にならないことは理解してる。
こんなこといってたら怒られる。
それは分かってる。

でも…申し訳ないんだけど、私にとってはまだ「チョロの月命日」の方が先に浮かんじゃって、「あ、そっか、11日ってことは地震から○ヶ月か」って思い出すんだよね。

***
動物に対して「命日」なんて人間の仏教用語を使っていることやお墓参りに行く事。
多くの人が亡くなった地震よりも先にペットの事を思い出してしまうこと。
ペットに多くのお金をかけて治療し続けた事。

自分のやってる事に全く違和感を感じないか、と言われたら…感じるよ。

たかだかペットやん。
獣やん。
動物やん。

そう他人に言われたとしてもそれを真っ向から否定は出来ない。
家族同然なんて言っても所詮はペットでしょ?って言われたら、そう考える人の事を全否定は出来ないもん。

動物と人は同じじゃない。
間違いなく差があると思う。


でもね、それを踏まえた上で、やっぱり私はペットは家族だと思うんだよね。
私にとっては猫は家族なんだよ。
だから病気になったら出来るだけの治療をしてやりたい。
痛くないように、苦しくないようにしてやりたい。
また美味しいとか楽しいとか感じさせてやりたい。

少しでも美味しいものを食べさせてやりたいし、美味しかったり楽しかったりしてキラキラした瞳を向けられると私も嬉しくなる。

***
あかん、何がいいたいかワカランなってきた(苦笑)


何でもかんでも人と動物を同列にしなきゃいけないとは思わないし、したいとも思わない。
でも「所詮はペットだろ?」って言われると、私にとって動物は「所詮ペット」ではない。


だから私は自分の出来る範囲で今いるさくらをめいっぱい大切にしていくし、チョロの月命日にはチョロの事を想い、命日やお盆にはお墓参りにも行く。


***
なんか長々とした独り言になっちゃったね。
最後まで読んでくれた人、お付き合いありがとう(笑)
めずらしく朝からパソコン触ってるもんだから、さくらがいい塩梅であぐらの上に乗ってきた。



猫って、あったかくて、やわらかくて、かわいいね。


posted by あーる at 07:16| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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